Collaborations

Jungle Dialogues

香りの杖で、夜を溶かす —— バーテンダー・鹿山博康 × MAWSIM

香りの杖で、夜を溶かす —— バーテンダー・鹿山博康 × MAWSIM

2026/05/18

蒸溜が香りを液体に封じ込める技術だとすれば、バーという場所は、その香りをもう一度解き放つための装置である。
グラスの中でアルコールと空気と時間が触れ合い、閉じ込められていた気配が、ゆっくりとほどけていく。

Bar BenFiddich を率いる鹿山博康氏は、自らの農園を持ち、ガーニッシュや漬け込みに用いるボタニカルはもちろん、バースプーンとして用いる木の枝までも、そこで採取する。
さらに世界を巡り、各地の酒造りの現場を訪ね、生薬の調合を学びながら、それらを携えて新宿のカウンターに立つ。
目の前で起きているのは、たしかに魔術のようにも見えるが、その背後には、無数の種と仕掛けが静かに仕込まれているのだ。

MAWSIM と鹿山氏——両者のあいだにあるのは、驚くほどよく似た衝動である。
未知の土地に分け入り、土の匂い、風の温度、草木の息吹に触れ、そこに埋もれていた記憶と価値を、もう一度立ち上がらせようとする衝動だ。

プノンペンの MAWSIM Bar での鹿山博康氏

鹿山博康
Bar BenFiddich オーナーバーテンダー

外秩父の麓・ときがわ町に自身の畑を持つ農家バーテンダーとして「Farm to Glass」を提唱する。また、日本在来の自生する草根木皮をカクテルに用いるなど、自然と向き合う一杯を探求している。近年ではバースプーンを手放し、木の枝でステアすることでも知られる。2025年「World’s 50 Best Bars」18位、「Asia’s 50 Best Bars」9位。
instagram.com
x.com

鹿山氏と出会ったのは、MAWSIM がまだ世界的な評価を得る前のことだった。
新宿のバーにボトルを持ち込み、カウンター越しにその香りを確かめてもらった。
一口含むと、鹿山氏はすぐにいくつかのカクテルを組み立て始めた。
香りをほどき、重ね、別のかたちへと立ち上げていく。
——それが、この交差のはじまりだった。
またある夜、Bar BenFiddich を訪れた私たちは、グラスを傾けながら、ふと口にした。
「カンボジアのジャングルで、野生のボタニカルを採取しにいきませんか?」
「面白そうですね、カンボジア。ディスカバリーしたいです」
彼の腰は、あくまでも軽やかだった。

鹿山博康、熱帯を調合する

その数カ月後、私たちはカルダモン山地に分け入っていた。
人の手がほとんど入っていない熱帯の密林は、むせ返るような湿気と、層をなす緑の匂いに満ちている。
現代のアポセカリーたる鹿山氏の目には、その時の景色がどう映っていただろうか。
̶̶生い茂る葉、多様なテクスチャーを持つ樹皮、そこら中に絡みつく蔓草、滴る樹液、剥き出しの板根、怪しげな花、
樹幹に突き刺さったヤマアラシの棘。
すべては香りや効能を具えた素材として、あるいは次なる一杯を触発する薬物誌として、次々とインプットされていたのかも知れない。

野生のシナモン(カッシア)の皮を削ぎ、口に含んで「コーラだ!」と驚く。
またカルダモン(カンボジアン・カルダモン)の、濡れた、妖艶な白い花を手折って集める。
渾沌のなかから、香りの“核”をすくい上げる——再びそれを解き放つために。

ジャングルで採取された無数の断片は、プノンペンの MAWSIM 蒸溜所へと持ち帰られた。
バーで解き放つためには、まずはそれらを液体に封じ込めなければならない。

しかしそれは、単に素材を蒸溜器に入れれば済む話ではない。
どのボタニカルを軸に据えるのか、何をどこまで重ねるのか、どのように処理し、どこで切り取るのか。
設計は、極めて繊細だ。
あるものはわずかな差で鋭く立ち上がり、またあるものは量を増やしてもなお輪郭があやふやだ。
組み合わせや分量を変えながら、好奇心の赴くままに、小さな実験を何度も繰り返す。

鹿山氏は、その都度グラスを傾ける。
立ち上がり、重なり、余韻。
飲み込んだあとに残る、野生の気配までを確かめながら。

野生のシナモンとカルダモンの花は、MAWSIM GIN|TROPICAL CITRUS に、紙一重の均衡で溶け込んだ。
そして興が乗った我々は、さらにもう一本、モンキーバナナとカカオを MAWSIM GIN|SPICES & HERBS に封じ込めた。
「正義だと思います。変化球ではなく、直球のど真ん中。誰もが想像しやすい熱帯の王道フレーバー。予想通りの美味しさ。」
レシピを決めた鹿山氏は、満足そうにそう述べた。

記憶を夜に解き放つ

試行錯誤の末に辿り着いた一滴には、鹿山氏と我々の持つ、「無邪気な情熱」と「冷徹なプロフェッショナリズム」が、たしかに反映されていた。
失われかけた価値を「再発見」しようとする二つの衝動は、昼なお暗い密林の底で交差する。
そして、名状しがたい懐かしさを呼び戻すための、実験的遊戯を続けるのだ。

――夜。
プノンペンの MAWSIM BAR で行われた鹿山氏のゲストシフトには、世界的バーテンダーの珠玉の一杯を求めて、街中から人が集まった。
グラスの中で夜がほどけていく。
そのとき使われていたバースプーンは、カルダモン山地で手ずから伐りとった、野生のシナモンの一枝だった。

GIN|x BenFiddich 2026 Twin Batch Edition